東京地方裁判所 平成11年(ワ)29083号 判決
原告 明和不動産株式会社
右代表者代表取締役 内海勲
右訴訟代理人弁護士 大川原栄
同 大八木葉子
被告 環境産業株式会社
右代表者代表取締役 小出勝彦
右訴訟代理人支配人 松岡琢次
主文
一 原告と被告との間において、訴外株式会社翔栄社が平成一一年九月二一日ころ被告に対してなした別紙債権目録記載の債権の債権譲渡契約を取り消す。
二 被告は、前項により債権譲渡が取り消された旨を訴外株式会社偕成社に通知せよ。
三 被告は、原告に対し、七九六万九五二一円及びこれに対する平成一二年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同じ。
第二事案の概要
一 本件は、原告が訴外株式会社翔栄社(以下「翔栄社」という。)に対して損害賠償債権を有していたところ、翔栄社は右債権を被告に対して債権譲渡をし、かつ、被告は右債権の一部について弁済を受けたとして、原告が被告に対し、詐害行為取消権に基づき、右債権譲渡の取消及び債権が翔栄社に復帰することにつき、債務者である訴外株式会社偕成社(以下「偕成社」という。)に対する通知並びに被告が弁済を受けた債権の価格賠償を求めた事案である。
二 判断の前提となる事実(末尾に証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
1(一) 別紙物件目録一及び二記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと訴外中尾幸雄が所有していたが、原告は右中尾から本件建物を平成九年六月一三日買受け、所有権を取得した(甲一の三及び四)。
(二) 中尾は訴外造本工業株式会社に対し、平成八年一〇月一日、本件建物を賃貸期間三年間、賃料一か月一二〇万円の約定で賃貸し、引き渡した(甲三、九の一及び二)。
(三) 翔栄社は、遅くとも平成一〇年三月八日ころには本件建物に同社の支店を設置する等して不法占有を始め、同建物内で印刷・製本業を営むようになった(甲二の二、七、八、九の一及び二)。
(四) よって、原告は翔栄社に対し、本件建物を不法占有したことにより、平成一〇年三月八日以降明渡済みまで月額金一五〇万円の割合による賃料相当額の損害賠償請求権を有するところ、後記債権譲渡がなされた平成一一年九月二一日ころには、二七〇〇万円(一八か月分)の損害賠償請求権を有していた。
2(一) 翔栄社は、偕成社から継続的に印刷・製本等を請負っており、右印刷・製本等を完成させたことを停止条件として、偕成社に対して代金債権を有していた。
(二) 翔栄社は、平成一一年九月二一日ころ、偕成社に対する右代金請求権の内、平成一一年八月一日以降一億六八四〇万八五七三円に達するまでの金額を債権譲渡し、同日偕成社に対して右債権譲渡の通知をし、同月二二日右通知は偕成社に到達した(甲一八。以下「本件債権譲渡」という。)。
(三) 翔栄社が偕成社に対して平成一一年八月一日以降有していた代金債権の金額、支払時期及び支払先は以下のとおりである(調査嘱託の結果)。
(1) 期間 平成一一年八月一日から同月三一日まで
債権金額 九五六万九〇五一円
支払金額 九五六万九〇五一円
支払日 同年九月三〇日
支払先 翔栄社
(2) 期間 同年九月一日から同月三〇日まで
債権金額 五五五万三一七四円
支払金額 五五五万三一七四円
支払日 同年一一月一日
支払先 被告
(3) 期間 同年一〇月一日から同月三一日まで
債権金額 八四一万六三四七円
支払金額 二四一万六三四七円
支払日 同年一一月三〇日
支払先 被告
(4) 期間 同年一〇月一日から同月三一日まで
債権金額 八四一万六三四七円
支払金額 六〇〇万円
支払日 なし
支払先 偕成社で保留(後記の原告による処分禁止仮処分(平成一一年(ヨ)第六四一一号)による。)
3 前記2(二)の債権譲渡の当時、翔栄社は、偕成社が最大の取引先であり右偕成社に対する債権を他に譲渡すれば原告の前記1の債権の弁済が不可能又は著しく困難であった。
4 翔栄社は、右債権譲渡の際前記1ないし3の事実を知っていた。
5 原告は、平成一一年一一月二四日、原告を債権者、被告を債務者とし、詐害行為取消権に基づく債権譲渡の取消権を被保全債権として、翔栄社が偕成社に対して平成一一年一〇月一日以降同月末日までに売り掛けた印刷代等の代金債権の内六〇〇万円に満つるまでの債権の返還請求権を保全するため、処分禁止の仮処分決定を得た(東京地方裁判所平成一一年(ヨ)第六四一一号。甲二二。以下「本件仮処分決定」という。)。
三 争点
本件訴訟は、被告が本件債権譲渡を撤回したことにより、取り消すべき法律行為がなくなり、訴えの利益を欠くに至ったか。
1 被告の主張
(一) 被告は、平成一二年二月九日本件債権譲渡につき、翔栄社との間で撤回する旨合意し、同月一五日これを偕成社に通知し、右通知は同月一六日偕成社に到達した。
そして、被告は、本件債権譲渡により弁済を受けて、次のとおりの代金を偕成社から受領していたので、これを以下の方法で譲渡人である翔栄社に返還した。すなわち、(1) 債権譲渡により受領した代金は、<1>五五五万二七五二円(同年九月一日から同月末日までの債権)、<2>二四一万五七一七円(同年一〇月一日から同月末日までの債権八四一万五七一七円から仮処分により支払を停止された六〇〇万円を控除した残額)であり、(2) 右受領金の被告における会計処理として、(ア)被告は右受領金合計七九六万八四六九円を翔栄社の被告に対する債務弁済契約公正証書の弁済金として受領したが、(イ)被告は右受領と同時に翔栄社に対し、<1>につき五五五万円、<2>につき二四一万円、合計七九六万円の貸付を行い、(ウ)次いで、債権譲渡の撤回の合意に基づき、被告は翔栄社に対し、受領した金員全額を返還することとして、右(イ)の各貸付を取り消すと同時に右貸付の際の受領代金との端数差額金の合計八四六九円をその処理をした平成一二年四月一七日付現金をもって翔栄社に交付して前記(1) の受領金全額を翔栄社に返還した。よって、原告主張の詐害行為は全て撤回取り消され被告の受領した金員も全て翔栄社に返還されており、また、原告の仮処分により支払を停止された六〇〇万円についても債権譲渡を取り消し、かつその旨偕成社に通知済みである。したがって、原告の詐害行為取消請求は、取消を求める行為自体が滅失し、訴えの利益がなくなったことになり、本件請求は却下されるべきである。
(二) 本件仮処分決定は、詐害行為の撤回をも禁ずる趣旨ではない。すなわち、本件仮処分決定は、仮処分債務者である被告が六〇〇万円を還付請求権者である翔栄社に対して供託したときは、本件仮処分決定の執行停止または執行処分の取消を求めることができる旨命じている。そうすると、六〇〇万円が還付請求権者を翔栄社として供託されれば、翔栄社は直ちに右供託金の還付を受けることが可能となり、それは、翔栄社から当該詐害行為により逸出した取引債権が同社に復帰したことを意味し、取消権者である原告を初め一般債権者の引当財産としてその担保となる。そして、仮処分債務者たる被告は、右供託をして仮処分の執行の停止または取消を求めることができるのであるから、一旦供託すれば支払を禁止された六〇〇万円は右債務者が取り立てることができる。そうだとすれば、仮処分債務者である被告が、右供託に代えて詐害行為を取消撤回すれば第三債務者である偕成社は従前の債権者である翔栄社に右債務を支払うことができ、詐害行為取消制度の目的である債務者からの逸出財産の回復が図られ、取消権者の目的に叶う措置が講じられる。しかして、翔栄社に回復された財産を翔栄社が費消しても、又それが詐害行為となれば再度その取消権を行使すれば足り、通常の費消までこれを規制することはできない。
2 原告の主張
(一) 本件仮処分決定によって禁止された「一切の処分」には債権譲渡の撤回も含まれるので、被告が撤回したとする本件債権譲渡の内仮処分決定の範囲に含まれる平成一一年一〇月一日から同月三一日までの代金債権について、被告は債権譲渡の撤回をすることはできない。
確かに、債権譲渡の撤回は、あたかも本件訴訟による詐害行為取消の権利が実現されたのと同じ結果を生じさせるものである。しかし、その結果、翔栄社は更に新たな処分行為をすることのできる地位を詐害行為取消の判決によらずに取得したことになり、新たな詐害行為をなすことができることになってしまい、本件仮処分決定の意味はなくなってしまう。したがって、本件仮処分決定の範囲で債権譲渡の撤回は禁止されており、被告はこれをなし得るものではない。
(二) 本件仮処分決定に含まれない部分についても、次のとおり、被告主張の債権譲渡の撤回は無効である。
まず、被告主張の債権譲渡の撤回自体、本件訴訟の対象となった債権譲渡の事実を形式上なかったことにし、一方で審理を混乱させ、他方で右債権譲渡を名目として回収した金員の返還を拒むと共に、本件仮処分決定の対象となっている六〇〇万円の取得を狙ったものであることは明らかである。
そして、<1>被告の本店所在地と翔栄社の支店の所在地は、共に東京都渋谷区渋谷三丁目二八番一五号で一致していること、<2>帝国データバンク企業情報に記載された被告所在地と翔栄社の本店所在地は、共に東京都港区南青山五丁目一番一〇-七〇三号で一致しており、かつ、両社の支配人である松岡琢次の住所と一致していること、<3>偕成社に対してなされた債権譲渡通知書に記載された被告の連絡先は、翔栄社の支店である本件建物(東京都板橋区坂下三丁目二九番一七号)であること等の、被告と翔栄社との関係からみて、右債権譲渡の撤回は通謀虚偽表示にあたり、無効である。
さらに、右債権譲渡の撤回は、被告の利益確保のため裁判所による適正な審理を逸脱させることを目的としたものとして公序良俗(民法九〇条)に反し、無効である。
第三争点に対する判断
一 本件訴訟は、被告が本件債権譲渡を撤回したことにより、取り消すべき法律行為がなくなり、訴えの利益を欠くに至ったか否かについて
1 本件仮処分決定において処分が禁止された平成一一年一〇月一日以降同月三一日までの翔栄社の偕成社に対する債権(六〇〇万円)について
(一) 被告は、前記第二、三、1、(二)のとおり主張する。
(二) 本件仮処分決定は、仮処分債務者である被告が六〇〇万円を、還付請求権者を翔栄社として供託した場合には、本件仮処分決定の執行の停止または取消を求めることができる旨定めている。仮処分解放金は、保全すべき権利が金銭の支払を受けることをもってその行使の目的を達することができるものであるときに限り定めることができ(民事保全法二五条)、右解放金の供託により仮処分の執行を解放して仮処分命令の効力をその金銭の上に存続させる機能を有する(同法五七条)。
そして、詐害行為取消権を保全するための仮処分命令において定められた仮処分解放金については、仮処分の目的物が存在するものと同様になるように、仮処分解放金の供託により詐害行為の債務者が供託金について本案の勝訴判決の確定を停止条件とする還付請求権を取得するものとし(同法六五条前段)、他方、右の結果、詐害行為の債務者が還付を受けたり、詐害行為の債務者の他の債権者が供託金還付請求権について転付命令を得たりすると、仮処分を行った意味が失われるので、法は、保全すべき権利についての本案訴訟の勝訴判決が確定した後に、仮処分債権者が詐害行為の債務者に対する債務名義によりその還付請求権に対して強制執行する方法によってのみ、還付請求権を行使できるものとした(同法六五条後段)。
そうすると、法は仮処分の目的物について仮処分債務者が仮処分解放金を供託した場合においても、本案の勝訴判決の確定まで還付請求権者が還付を受けて取得することを禁じているのであるから、仮処分債務者が仮処分の目的物である債権を詐害行為の債務者に任意に返還し、その処分を詐害行為の債務者の自由に委ねることは許されないというべきである。
したがって、本件仮処分決定の対象となった平成一一年一〇月一日以降同月三一日までの債権について、詐害行為の撤回をしたとしても、右撤回は、原告との間で無効であるというべきである。
被告の右主張は理由がない。
2 本件仮処分の対象となっていない、平成一一年八月一日から同年九月三〇日までの翔栄社の偕成社に対する債権について
(一) 被告は、前記第二、三、1、(一)のとおり主張する。
(二)(1) 前記第二、二認定の事実によれば、平成一一年八月一日から同月三一日までの翔栄社の偕成社に対する債権である九五六万九〇五一円は、同年九月三〇日翔栄社に対して支払われて消滅しているものであり、かつ、翔栄社の財産となっているのであるから、右債権については、すでに詐害行為取消をする必要はないというべきである。
(2) 他方、前記第二、二認定の事実によれば、平成一一年九月一日から同月三〇日までの翔栄社の偕成社に対する債権である五五五万三一七四円は同年一一月一日被告に対して支払われて消滅し、また同年一〇月一日から同月三一日までの同債権の内二四一万六三四七円は同年一一月三〇日被告に支払われて消滅しているものであるから、このことにより原告は被告に対して価格賠償として右の弁済として受領した金額を請求でき、右価額賠償のために原告は詐害行為取消をする必要性があるというべきである。
被告は、債権譲渡を撤回しかつ受領した金員を翔栄社に返還した旨主張するが、受領した金員を被告が翔栄社に返還したことを認めるに足りる証拠はない(乙二の1ないし4は措信できず、右事実を認めるに足りない。)。また、仮に返還の事実が認められるとしても、前記のとおり被告が五五五万三一七四円及び二四一万六三四七円を偕成社から受領した時点で翔栄社の偕成社に対する債権はその限度で消滅しており、また、このような撤回は詐害行為取消権の行使を行った意味を失わせるものであるから、取消権者がこれを承認しない限り取消権者に対して効力を生じないと解するべきである。
(3) そうすると、被告の右主張も理由がない。
二 結論
以上によれば、原告の請求は理由がある。
(裁判官 草野真人)
物件目録
一、(一棟の建物の表示)
所在 板橋区坂下三丁目一七番地一七、一七番地七
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 七二三・一四平方メートル
二階 五五三・一八平方メートル
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 坂下三丁目一七番一七の一
種類 工場
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 六四八・〇〇平方メートル
二階 三二九・〇四平方メートル
二、(一棟の建物の表示)
所在 板橋区坂下三丁目一七番地一七、一七番地七
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 七二三・一四平方メートル
二階 五五三・一八平方メートル
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 坂下三丁目一七番一七の二
種類 事務所
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 五七・〇九平方メートル
二階 二一三・三四平方メートル
債権目録
金一三九六万九五二一円
ただし、訴外株式会社翔栄社が訴外株式会社偕成社に対して平成一一年九月一日以降平成一一年一〇月末日までに売り掛けた印刷・製本・出版の代金債権